学生時代(全掲載完了5/28)

このブログは、私が生きてきた人生の経験を記憶だけでなく記録として語るものです。

ひたすら経験・体験を書くもので文章能力は有りませんのであしからず(笑)

時間を見つけて少しずつ書いていこうと思いますので、不定期投稿します。

まかり間違って読み始めた方は気長に読んでください。m( _ _ )m

 

<目次>掲載予定

1、おカマちゃんに好かれた小学生

2、将棋クラブ⇒陸上部への転身

3、バスケットに明け暮れた中学・高校時代

4、熱血先生の後押しで大学生へ

5、モテたくて入った同好会が、なぜかヘビーメタル!?

6、お酒で大失敗!!死んでもおかしくなかった大事故

7、交通誘導員アルバイト出勤から即辞めまで笑

8、バイトで店長夜逃げ!?ちょっと怖かった話

9、またまたおカマちゃんに好かれちゃった事件

 

1、おカマちゃんに好かれた小学生時代

私はおカマちゃんになぜか好かれる!?

小学5年生の時、私を好き好きと告白してくる男の子がいました。

その男の子は細身でナヨナヨしていた記憶が残ってます。

周囲からおカマ~おカマ~と茶化されていたのにお構いなしに

毎日私のことを好き!!と言っておっかけてきました。

私が『好きじゃない』『嫌い』というと必ず窓際に足を掛けて

『好きって言ってくれないと死んでやる~』

と泣きわめいていたのを鮮明に覚えてます。

ある時、いつものように窓際に足を掛けて

『好きって言ってくれないと死んでやる~』

と泣きわめかれた時

『んじゃ死んでみてよ~』

なんて私と友達はふざけて彼を押しました。

『いやぁ~、や~め~て~』

『死んじゃう!』『死にたくない!』

彼は泣きながら窓にしがみ付き押さないで!と言いました

『死ぬ気がないなら、飛び降りるなんて言うな!』

と怒って窓から引っ張りだした記憶があります。

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押していた時の私の感情は

(押したら落ちちゃうのかな)

(落ちちゃったら彼は死んじゃうのかな)

(死ぬってどういうことだろう)

背中がゾワゾワしてました

ふざけていても

心の中は恐怖のようなものも覚えました

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彼は、『だって好きなんだもん』

と大泣きしながら言っていたのは忘れられません。

 

男の子と女の子が付き合うのが当たり前、

男の子と男の子が付き合う感覚や

男の子が男の子を好きになる気持ち

小学生の私には、とても彼の気持ちを理解することは出来ず、、

受け止めることも出来ず、、どうしたら良いのかも分かりません。

 

そんな出来事があった夜、私は自分が窓から落ちる夢を見ました。地面に

叩きつけられる直前で目を覚まし、身体は汗だくになっていました、、

もしあの時彼が落ちていたら、、

考えただけで怖くて怖くて仕方ありませんでした。

彼には悪いことをしたな。押されたら怖いよな。

 

申し訳ない気持ちになり、次の日彼に謝りました。

『ふざけて押してごめんなさい』

以降、彼は私に近づかなくなりました。

私も彼と話すことは無くなりました。

でも、彼は遠くから私を見ていたのを覚えてます。。

 

おわり

 

※おカマちゃんに好かれる編、次回は大学生時代のブログに書きます~

    ここまで読んでくださり有難うございました。

 

2、将棋クラブ⇒陸上部への転身

私は、小学生の時身体を動かさず体格は太っていました。

父の将棋好きが将棋クラブに入ったきっかけとなりますが、ぶくぶく

太っていたため母親に『あんた少しは身体を動かしなさい』と言われ

しかたなく、小学5年生になり陸上部に入ったのです。

 

当時の私は面倒くさがりで何もしたくない病(今も変わらないかも、、)

陸上部もイヤイヤ

走るのもイヤ

飛ぶのイヤ

身体重いのでハードルも思うように飛べず

種目としてやるように言われたのが

走り幅跳び

特に遠くへ跳べたわけでもないのに、、

たぶん当時の先生は足の速い人を50m走

体力のある人を長距離

選定から漏れた人を走り幅とび

という選定にしていたのだと思います。

 

私は地区予選でもそこそこ

県大会にはいけず

競技が始まる時、終わった時に食べる『おにぎり』が

目当て!

当時、5~7個食べてたと思います。

痩せるわけない!!!笑

 

陸上部に入って

・筋肉付きました。(ぶよぶよ体型からちょいカチカチ体型)

・足が人並みに走れるようになりました。

・家から学校へ通う体力が付きました(当時学校まで歩いて45分)

・食欲も増しました。

・おカマちゃんに惚れらるようになりました。

 

良かったことと言えばこのぐらいかな。

お題を作るほどの話ではありませんでしたね。。。

 

おわり

3、バスケットに明け暮れた中学・高校時代

 

中学校に入ると、最初は柔道部に入りました。

けど体験入部後すぐ辞めました。

なんでぇ~~???

 

受け身をとっていたら左腕がいつも痛くなってて

触るとボコンと膨らんでたのです!

母に『なんか変!!』と伝えすぐに病院へ行きました。

お医者様は

『成長過程で体中に回る栄養が左腕のほうだけ

付け根で止まってしまっているので、膨らんで非常に折れやすい

状態です。』

うそーん

柔道だめじゃん!

好きだったのに。。

 

柔道を断念して

ほどよく運動が出来れば、、とバスケットボール部に入りました。

柔道程激しくないだろうと思って入ったら

ガンガン相手とぶつかる笑

シュート叩き落とされた時フロアにガンガン倒れこむ!!

思ってたのと違う~

左腕大丈夫?かばいながら活動してましたが

気付くとバスケットが楽しい!気持ちが心配よりも

高まってしまい。いつの間にか左腕のこと気にしなく

なりましたね笑

 

大学生になり、ちょっとしたことで手の甲の骨を折ってしまい

医者通いしていたとき、膨らんだ左腕の事を聞いたら

衝撃の事実!!!

医者:『栄養分が左腕に偏って集まっただけで折れにくくありません。』

自分:『中学の時のお医者さんからは折れやすいと聞きました~』

医者:『いやいや、むしろ折れにくいですよ~』

           『骨の密度濃いですから、はっはっはっ』

・・・・・

うそーん

藪医者め!

柔道出来たじゃないか!

あのころの自分を返せー!

 

思ったけど、バスケット面白かったから良いか笑

高校生までバスケット続けられたし、

左腕折れなかったし、

キャプテン・副キャプテン経験出来たし、

大学行けたし、

人見知りの私にはボールが友達になってくれたし笑

 

お題に合ってない内容になりました。

このブログをたまたま読んでしまった方

ごめんなさい。

 

意味の分からないブログ続けます笑

 

おわり

4、熱血先生の後押しで大学生へ

 

私は、中学校の成績がソコソコでした。

地元の進学校へ行くことも出来ると言われており、

どこに行くか悩んで親に相談したら、

親:『生活させるので、精一杯だからあんたは大学に行かないで!!

      就職して自分で稼いでね。』

俺:了解。

なんとなく大学行きたい気持ちもあったが、どっちでも良かったというかどうでもよかったので

工業高校へ進学することに決定。

 

クラスの友達(当時で言うヤンキー)に話をしてたら、

勉強教えてって言われて教える羽目に!!!!?

 

いや、俺ヤンキーじゃないよ。(ヤンキーじゃなかったよ)

真面目に生活していたし、荒れてないし、バスケットやってたし、

人と話すのが苦手だし、恥ずかしがり屋だし、長男だし(関係ない)

 

なんか知らんけど、ヤンキーと仲良くしてた。というか差別しないで

普通に接してただけ。

 

そんなこんなで仲良くしてたら

当時、ヤンキー友達の家で勉強しようということになった。

俺以外みんなヤンキー!!!

やばーいソリ入ってるじゃん!!

ドカンズボンにハイウエスト

勉強するのにタバコすってるし笑

正直心の中で勉強する気あんの?思ったけど言えず

流れに任せて話していたら

『てっちゃん教えて』の連呼

高校受からなかったら親に殺されっから!!

ちゃんと教えて!!

っていやいや俺教えて受からなかったら

俺殺されるし、、

体育館の裏に呼ばれてボコられるっしょ!!!!!

、、、もうやるっきゃない笑

結果はヤンキー友達5人に勉強教えて

無事みんな高校合格しましたとさ。。。

 

前置き長くなったけど、

合格して高校に通うことになってから

普通の生活してた。

中学の時と変わらない。

特に目的もなく、バスケット部に入って自分のお小遣い稼ぐのに

イタリアンレストランでバイトしてた。

体格良すぎてホールじゃなくて厨房で調理。笑

 

担任の先生は、1年から3年まで一緒。

熱血先生で、何やっても熱い!

みんな冷めているのに1人で熱い人でした。

誰も相手しなかったのに、いつの間にか自分にロックオン!!

工業高校だったので、就職する為の資格を取るのが普通でしたのだけど

高校2年になって先生が自分に大学行かないか?

おまえならもう少し頑張ればいけるぞ

学校推薦枠があって、推薦入学出来ると言われた。

 

俺:先生!俺親に就職しろと言われてるので、進学しません。

       辞めておきます。。

先生:んじゃどこに就職したい?

           決まってるのか?

          本当に大学行きたくないのか?

           大学いったらもっと良い企業に就職できるぞ!!

           お前なら出来る!!

俺:いや、、熱いから、、

先生:分かった俺がご両親説得する!!

俺:いや、、何も言ってないし

先生:大丈夫、心配するな

俺:んー先生がそこまでいうなら大学考えようかな

 

家に帰って親に話すと

親:やめてー絶対だめ。

俺:そうだよねー、、、

親:就職して!!大学いくお金なんか出てこない

俺:先生が俺なら行けるっていうから、行きたい!!

まんまと先生の口車にのって俺が大学にいきたいと言ってたら

親:分かった高校3年に入るまでの残り2学期の成績を

      オール5にしなさい。達成出来たら大学も考えてあげる

      学校で推薦している資格も全部取りなさい

      生徒会も入りなさい。

      アルバイトは続けなさい。バスケットも続けなさい。

      中途半端な気持ちなら大学には行かせない!!

俺:分かった、、やる!達成したら大学行かせてね!!!

 

今考えてみると、すごいこと約束したなあって思う。

けどね。全部達成出来ちゃったの

すごいね思う気持ちって達成できるんだね。

今思えば熱血先生のおかげ、

今思えば親のおかげ俺の為に必死で働いてくれた、、

今思えば実業高校から大学に進学させる実績を作りたかったんだなと、、

今思えば俺じゃなくても良かったんじゃない!?

今思えば、当時の俺は就職して稼ぐのに学校の求人票で

『まぐろ漁師の求人』みてた笑

月100万稼げることに惹かれてた笑

ちゅーか、学校の求人にまぐろ漁船てすごいね。

 

熱血先生がいなかったら今の俺はいません。

たぶん、まぐろ漁船に乗ってまぐろ捕ってました

いやほんとに 笑

 

ありがとう熱血先生。。

ありがとうお父さんお母さん。。

大学行った当時の私はそんな感謝をすることもなく、

親に迷惑をかけることに、、、

その続きは、次のブログで笑

おわり

5、モテたくて入った同好会が、なぜかヘビーメタル!?

 

熱血先生の指導と両親がせっせと働いて稼いでくれたおかげで私は晴れて大学生。

さて、大学生になったはよいものの内気な私でもモテてみたいと思う年頃で、

サークルに入ろうと決めた!!

 

クラスの友達は、出席番号があ行からの名前順で私は85番の佐藤哲也

86番は佐藤。84番も佐藤、、、83番も佐藤、、、

授業を受けるのも番号順なので当然出来る友達は佐藤ばかり、、

佐藤1号君サークル入るの?、2号君は?、3号君は?みたいな笑

結局誰もサークルに入らないというのでどうしようか迷っていた。。

なんか音楽やってみたいな~と考えていると

席の一番前になんや怪しいオーラを放った人が、、

みんな、なんじゃー?

紫のジャケットに紫のドカンズボン、一瞬ヤンキーか?と思ったが

自己紹介を聞くとどうやら『尾崎豊』が好きで、彼が言うには尾崎豊の

格好なんだと。あだ名はユタカ君(そのまま付けてあげた)

周りのみんなは引きまくり、、誰も近寄らない笑

そんなユタカ君が俺に目を付けて近寄ってきた。

 

佐藤君(私は3号でした)フォークソング同好会入らない?一緒にフォークギターやらない?

ギター楽しいよ~ユタカ君が言った。

一緒にギターやる気はなかったけど笑  ギター弾けたらモテるかなーなんて甘い考え。

パンフレット見ると、女の子もいっぱいいて楽しそう。。。

むふふ、楽しみ

 

。。。後に私は脳天かち割られたかなおような衝撃を受けることになる。。。

 

ユタカ君とフォークソング同好会の入部手続きに向かうこととなり、

わいわいきゃーきゃー出来るのかと思い、わくわくしながらドアを開くと

なんじゃー!!!!!!!!!

 

ガタイの良い男集団ばかり!!

金髪ロン毛。

鼻にピアス。

首にドクロのネックレス。

手首に刺さったら血が出ると思われるトゲトゲリストバンド

Tシャツは黒でなにやらHARDROCKの文字とドクロの絵が、、

 

あれ?場所間違えた?

フォークソング同好会だよね。。?

 

たじたじしてたら、『フォークソング同好会へようこそ!』って言うもんで

詐欺じゃーん!!騙された!!

 

うげー男くさ!!

辞めよう。すぐ辞めよう。

そう思ってユタカ君にも出て行こうと言った。

ユタカ君:『なんで? 別にいージャン。自分がやりたいこと貫けば!俺は入るよ。』

俺:『うそーん、貫くとこそこなの?雰囲気的にユタカ君の尾崎をやる雰囲気ないんですけど、、』

さすがユタカ君!普段着で異質なオーラ放ってるだけあって自分の道まっしぐら!

 

そんなこと考えていたら、出ていくきっかけを失い

いざ面談へ、、、、

先にユタカ君がロン毛に長いひげを生やした長老のような人に質問された。

(長老は、留年8年目。院生になったけど仕事したくなくて単位とらずに生活してたひと。)

長老:『ユタカ君は、フォークソング同好会で何するの?』

ユタカ君:『ぼくは、尾崎が好きなので引き語りをやります。』

長老:『あ、、、いっいいんじゃない?個性的で!』『OK  OK オッケーよ、、、』

あっさり入部

長老もはじめは場違いじゃないの?という顔してたけど、ユタカ君のまっすぐな姿勢に

入るならまぁいいかと思ったのだろう。。。

格好は違えど、ある意味貫いているのは五分五分

 

長老:『佐藤君、、だっけ君は何したいの?』

俺:『えーと、、、、、』

 

答えようとしたその瞬間!

先輩たちが練習ステージに立ち勝手に演奏始めた ドンパンドンパン・ギュイーーーーン・ボンボン

当時フォークソング同好会では、ハードコア・ヘビーメタルが流行っていて

その演奏を先輩たちがしたのだ!!

普通なら、ただうるさいだけの音に耳を塞ぐのだが、、

私は、激しい音楽に魅了されてしまった。。

何よりドラムがピカピカ光って見えた!!!!!!!

ヘビーメタルやハードコアって普通の音楽と違ってドラムのリズムが激しく転調しながら

叩くのでめちゃめちゃ目立つのよ!これしかないと一瞬にして洗脳された。

俺『これだ!』『俺ドラムやろう!』

長老にドラムをやりたいと言った。

音楽を聴いた瞬間。モテる音楽をやりたいという気持ちが飛んでしまった。笑

 

それから授業に戻って佐藤1号、2号、4号。。友達に話をしたら

えー!!テツがドラム?

すげーな。頑張れよ!

そう言って応援してくれたが、ヘビーメタルやることにはかなり引いていた笑

格好も格好で独自路線なので

普通の人聴く音楽じゃないし。。

決して普通の女子がキャーキャーいう音楽じゃないし。

 

それからの大学生活は、ドラム漬けの毎日を送ることになる。。

暇さえあればドラムの練習

夏休み・冬休みの長期休み中は、ひたすらドラムを触っていた

家に帰ってもドラムの練習(座布団敷いてドコドコ、、)

寝る前にはヘビーメタルの音楽を大音量で流して寝た笑

ヘビーメタルが流れていないと逆に寝れず。。完全に病気ですな

何かに取りつかれたかのようにドラムにハマってしまうのでした。。

 

 

後悔したか?と言われたら後悔してない。

オリジナルバンド組んでライブして、音源撮って販売したりもしたし、

 

いろんなジャンルのバンドを見ることも出来たし良い経験でした~

大学卒業してからも、とあるバンドに誘われてスラッシュメタルバンドの

ドラムもやったし。

作った音源をYOUTUBEで流したら、海外(ヨーロッパ)から来てくれと

オファーきたのはびっくり

(仕切っていたのはボーカルのNさんで、みんな仕事持ちしてバンドやってたから

海外遠征はありませんでした。)

 

今メタルのドラム叩いて!と言われてもお腹が邪魔して叩けません笑

20代の良い思い出でした。

 

おわり

 

6、お酒で大失敗!!死んでもおかしくなかった大事故

 

当時大学生でハードコアのバンドを組んでいた私は姿こそ普通にしてたが、

頭の中はメタルな精神を持ってはじけていた。笑

大学には車(中古)で家から通っていたのだが、あまり大きな声で言えないが

飲酒運転をしてしまったのです。

大学近くのバンド仲間の家で酒をがっつり飲んでしまい、、、、、

ベロベロになって車で帰り大失敗。

なんと、

なんと、

ヤンキー運転しながら寝てしまった(夜中1:00 国道を時速100km超え)

いやーその当時はスピード出すの好きで国道140km~150km出して

走るのが好きだったのよ

今は出来ない笑

 

寝るなよ!!って話

いや

運転するなよ!!だよね

いや

飲んだら運転するなよ!!!!って話

そりゃそうだ

 

あっヤンキー運転を説明しよう

運転席の背もたれを後ろに倒す(寝られるぐらい)

右手でハンドルを持って左手は背もたれに肘付いてみたいな

感じヤンキーではないけどヤンキーに憧れてたみたいな感じ

 

話を戻すと酔っぱらって運転してしまって

さらに寝てしまって

どうなったと思う?

・・・・・・

 

国道自宅付近で大型トラックがタイヤ交換で後部をジャッキアップしてた

ところに突っ込んでしまったの!!

あほだよね

んで

ジャッキアップ外れて潰されちゃったの~

 

どうなったと思う?

もちろん私がこのブログを書いてるので生きてるんだけど笑

 

目を覚ましたら病院のベットの上!

ちゃんと警察にお世話になりました~

 

警察の事情聴取の時に

事故った時の状況聞いたら  ぞっとした~

トラックに潰された時に運よくヤンキー運転してたので

天井崩れた時すれすれで頭に当たらなかった

トラックのマフラーがフロントガラス突き破って顔の目の前まで接近してたらしい、、

ヤンキー運転のお陰、、

ヤンキー運転最高!じゃないから笑

警察が駆けつけた時には、血まみれになって車から脱出してきたらしい

(なにも覚えてない)

運良く生きていられた。。

 

本来は免取もんだけど、免停で済みました、、、

ラッキー

免取だったら今の私はいません。

 

死んでてもおかしくなかった話。

 

お酒が悪いわけではありません。

車が悪いわけでもありません。

メタルが悪いわけでもありません。

結局は自業自得 自分が悪い

親に迷惑かけました

みんなにも迷惑かけました

申し訳ございません。

今はいろいろ転職したけど

カフェ店長してます。

 

ちょっと怖い話

おわり

 

7、交通誘導員アルバイト出勤から即辞めまで笑

 

私が大学生の時、お小遣い稼ぎにいくつかアルバイトをしてました。

・ゴルフ場の宿直のアルバイト

・交通誘導のアルバイト

・コンパニオンさんを宴会会場に送り迎えするアルバイト

・フィリピンパブでウェイターのアルバイト

・スキー場でのアルバイト

 

いろいろやっきて今だから笑える話は、

・交通誘導のアルバイト

・フィリピンパブでウェイターのアルバイト

の2つかな~

本題に入る前に

交通誘導のアルバイトの話を少し、、

 

私の故郷は雪の降る町

冬に交通誘導のアルバイトをしたのだが、

わずか1カ月足らずで辞めることに笑

派遣された工事場所が豪雪地帯の雪国でした

2人で車に乗って現場までいくのだが、

その当時は私は車の運転がまだ慣れてないことで

社員さんの車に乗せてもらって現場まで行ってた。

1時間ほどかけて車移動し現場で誘導の仕事を

してたんだけど、ある日とてつもなく雪が降った日に

辞めるきっかけとなった事件が起きました。

 

誘導の仕事は8時~17時まで、通常は工事現場の人が

昼飯を食べるときは工事現場の人が変わってくれて

休憩できるのだけれど、その日は現場に人がほとんどいない。

雪が降りすぎて現場に人がいない状況でした。

工事現場の人たちも本日分の工事範囲をこなすのが

手一杯で休憩できませんでした。

もちろん誘導員の私たちも休憩出来ず最後まで昼飯抜きで

仕事をしました。

さー仕事終わった!!

雪ガンガン降っているので早く弁当食べて帰ろう!!と二人で車に

乗ろうとしたんだけど、車に先客が!!!!

 

なんと、車の後部座席の窓が空きっぱなし!!笑

俺:先輩!!!!窓あけっぱなし!!

先輩:えっ!?あ!?えー

その日は風が強く雪が横に降ってたので運転席まで雪が

積ってた~笑

いやぁ~

座れない・帰れない・弁当食えない

30分掛けて車の中の除雪作業。。。

やっと除雪作業が終わり

車に乗り込んで先輩がすぐさま弁当食べ始めた

先輩:俺運転だから弁当食べちゃう

           雪が酷いから早く帰りたいしね。

 

先輩が弁当を駆け込みで食べたら車はすぐさま出発。

私もお腹空いて助手席で弁当食べようとしたら、、

先輩早く帰りたい気持ちが強すぎてスピード出しすぎ!!

弁当のフタ開けてご飯を箸でつまんだ瞬間

先輩:やべ!!

車のブレーキ思いっきり踏んだ

前の車が急に止まったので

先輩もブレーキ踏んだけど

スピード出しすぎていたのですでに遅し。

どんどん前の車に近づいて

タイヤは滑り

私はご飯を箸につかんだまま

 

どーーーーーーん!!

衝突

 

うそーん

疲れてお腹が空いていた私は

シートベルトを忘れていた。

フロントガラスに頭をぶつけ

弁当が飛び散り

先輩もシートベルト忘れてて

ハンドルに頭ぶつけて

 

ぶーーーーーーー

クラクションが鳴りっぱなしで割れたフロントガラスの

隙間から雪がちらちら

はっと気付いた私は

 

弁当~弁当~とご飯の心配をしてた。

ううーん先輩が目を覚まして

ごめん、、、

と私に向かって謝ってきたとおもったら

先輩が

頭から血ぃ出てるよ

え?

私は自分の顔を触ってみたら

頭から血がダラダラ

 

この後救急車で運ばれたのはいうまでもなく。

近所の病院へ運ばれました。

 

事故が起きた瞬間で覚えているのは

前の車がスローモーションで近づいて来ることと、

ぶつかった瞬間弁当がゆっくり飛び散る映像

 

速攻でバイト辞めました笑

 

※私の頭がおかしいのは、お酒で失敗した事故と今回の

事故で頭打ったからかもしれません笑

おわり

 

 

8、バイトで店長夜逃げ!?ちょっと怖かった話

9、またまたおカマちゃんに好かれちゃった事件

 

私は、友人の紹介でフィリピンパブの客引きやウエイターの

あアルバイトをしたことが有ります。

当時の私は、

茶髪ロン毛・コンタクトは青いレンズを付けていた。

スーツを着たらホストみたいな感じ笑

よく目が青いのでハスキー犬みたいと言われてた

なぜそんな格好してたかは自分でも分からない

メタルバンドもしてたから気持ちが解放されていた

のかもしれない。

 

えーと 学生時代のブログ8と9の項目がストーリーとして

一緒になることが分かったので一緒にして書きまーす

 

店に入るとなんとも怪しげな雰囲気のお店

フィリピン人が在籍するパブで

ショータイムになるとフィリピンのキャストさんが

バンド演奏するお店なんだけど

なんせ人が入らない。

客引きしても入ってもらえず向かい側にあった

キャバクラに行ってしまう。

まあ自給高いし少し続けてみようかな~なんて

気持ちでアルバイトしてた。

 

夜中の2時で閉店するお店なんだけど、

閉店したあとショータイムのダンスを教える

先生が来るときがあって

キャストさん達にダンスレッスン

レッスンが終わるまでお店を閉められないので

私は待機していた。

先生はロシア人、背が大きくすごくきれいな女性でした。

そんなある日、レッスンをしていた先生が

私を呼んだ。

『私の目の前に座って』

私を挑発するようなダンス

いやいや

興味ないからと、ただただ見ていた私に

いきなり近づいてキスされた。

うそーん

なになに?ダンスのノリでキスしてきたの?

 

けどなんかおかしい

周りのフィリピン人のキャストは

ニヤニヤ

 

なんで笑っているのか聞いたら

『先生はおカマ、おカマ!』

 

ががーん

あまりにも綺麗な格好をしてたので

男に見えなかったけど、

よくよく見ると

うっすら顎に髭がちょぼちょぼ生えてるではないか!!

 

ショック

またか!!

おカマちゃん好かれちゃうの!

キスされてから、、私は先生にバイトに出勤するたび

追っかけられる日を送るようになりました。

先生がお客として店に来ると

私を指名してきたり、

キッチンに逃げて見つからないように

してもキッチンまで追いかけてきて

『好き、好き』

いや好きじゃないし

いつの間にか愛してるみたいな言葉も出始め

 

俺何もしてないし!!

いいかげん怖くなり

俺:『俺先生のこと好きじゃないし、男も好きじゃないから』

先生:心は女よ!

俺:いや、そーいうことじゃないから、好きじゃないから

      好きな人いるから付き合うとかないから!

 

しぶしぶ納得してくれてから

先生はレッスンに来なくなった笑

 

アルバイトも3ヶ月目に入り

おカマちゃんに追いかけられなくなり

落ち着いたなあと思いながら

お給料の受け取りに

お店に寄ったら

時間になっても開かず。

ドア叩いても誰も出てこない。

キャストも来ない。

そーこーしている間に

友人が給料受け取りにお店に来た

『3ヶ月分の給料払ってもらってない』

え??

俺は店長に催促してたので未払いはなかったが

直近の給料はまだもらってない。

『夜逃げしたのかな?』そんな話をしていたら

怖い格好と怖い顔をした方たちが数名来て

怖い人:『おまえら!!ここの従業員か!!』

友人と俺:いやアルバイトで給料をもらいにきました。

怖い人:そうか、店長どうやら夜逃げしたみたいだから

               見つけたら連絡寄こせ、フィリピン人のキャスト達と

              国外に逃げたかもしれないけど、見つけたらただじゃおかない

 

どうやらお店の家賃支払が滞っていたらしい。

学生の私たちには下手に関わるとどんな目にあうか

分からないので、その場から離れました。

私は1カ月分

友人は3カ月分

給料もらえず、、、、

ちょっと夜のバイトをするのは辞めておこうと思った

 

※得体の知れないアルバイトはたくさんあるので

気軽にアルバイトをしないほうが良いですよ。

今はおもしろおかしく話出来るけど、

下手したらどんな怖い目にあうか分からないですからね。

 

ちょっと怖かった話

おわり